
シャルル・ド・ゴール空港に到着したのは、朝6時半だった。
まだ頭が完全には起きていない時間帯で、空港の照明だけが妙に明るい。
高速郊外鉄道RERとメトロを乗り継いで、モンパルナス駅を目指す。
まず空港の駅で、何人かの人にチケットを買う場所を聞いた。
なんとか「ナヴィゴ・イージー」を購入。
駅員さんに乗り換え駅を聞くけれど、発音がとにかく難しい。
車内放送を聴き取る自信がなかったので、電車の中では路線図の正面にずっと立っていた。
降り損ねたら終わり、という緊張感があった。
それでも、なんとかモンパルナス駅にたどり着く。
ほっ。
TERの出発まで、まだ時間があった。
駅ビルの店で、まずコンタクトの洗浄液を探す。
関西国際空港のトイレに置いてきてしまったことに、ハノイで気づいたのだ。
見つけたときは、思わず小さく安堵の息が出た。
TERのチケットは、あらかじめSNCFのアプリで購入していた。
このアプリのことは、去年の夏にフランスを旅していたハンゾーに教えてもらった。
旅は、人づてに受け取る情報で、ずいぶん楽になる。
最初はトゥール行きのTERに乗った。
すると、隣の席の男性が、車掌に何か話している。
胸元を押さえているのが見えた。
やがて車内放送が流れ、
「どなたか医療関係者の方はいませんか」
という呼びかけ(たぶん)が聞こえた。
何人かの人が集まり、静かに話をしている。
少し緊張した空気が流れたけれど、しばらくしてその男性は後ろの席に移動した。
どうやら大事には至らなかったようだ。
見知らぬ人同士が、当たり前のように助け合う光景を見て、胸の奥が少し温かくなった。
トゥールでブールジュ行きのTERに乗り換え、昼過ぎに到着。
旧市街地をぶらぶら歩き、大聖堂の前のレストランでビールを飲んだ。
ブールジュ大聖堂は、圧倒的だった。
天井の高さ、空間の広がり。
中に入ると、奥でお葬式が行われていたらしく、歌声が静かに響いていた。
僕はしばらく、席に座って、その空気を感じていた。

夕方まで旧市街地を歩く。
おしゃれな家が並び、細い路地にも、ちゃんとした表情がある。
午後5時。
仕事を終えたアンが、大聖堂の前まで迎えに来てくれた。
インターパルスで知り合い、実際に会うのはこれが初めてだった。
彼女は僕を見るなり、迷いなくハグをした。
その自然さに、こちらの緊張も一気にほどける。
家に着くと、息子と娘が迎えてくれた。
息子は5歳くらいで、僕にとても興味津々だった。
グミのお菓子をお土産にくれる。
僕は、アンに地元の抹茶を渡した。
夫はカンボジア人だという。
家の中には、日本の人形や仏像の置物がたくさんあった。
遠い国なのに、不思議と近さを感じる空間だった。
その夜は、アンの手料理でビールを飲んだ。
言葉は、完璧じゃない。
でも、これまでオンライン英会話で少しずつ積み重ねてきたおかげで、
言いたいことは、ちゃんと伝えられる。
ネイティブキャンプで、間違えながら話すことに慣れていたのは、こういう時に効いてくる。
文法よりも、「話そうとする姿勢」が大事なのだと、あらためて思う。
翌朝、アンと散歩に出かけた。
ブールジュは沼地が多く、水辺の道が気持ちいい。
歩きながら、いろいろな話をした。

その後、旧市街地に戻り、大聖堂へ。
一通り回ったあと、アンが写真を撮ろうとした。
「ここ、撮影禁止じゃないの?」
と僕が聞くと、
「そんなことないよ。みんな撮ってるでしょ?」
とアン。
でも、貼り紙があった。
よく見ると、「神聖なイベントの時は撮影禁止」と書いてある。
「撮影禁止なのに、みんな撮ってて、フランス人ってマナー悪いなって思ってた?」
アンは、いたずらっぽく笑った。
僕は少し照れながら、
「もう一周してもいい?」
と言って、大聖堂をもう一度歩いて、存分に写真を撮った。
昨日ビールを飲んだ、大聖堂前のレストランのテラスに座り、今度はワインを頼んだ。
フランスは公衆トイレが少ない。
ビールを飲むとトイレが近くなる。
だから、今日はワインにしようと、昨日から決めていた。
日光を浴びたアンのブロンドの髪は、きらきらして、とてもきれいだった。
僕たちは、お互いの過去の恋愛の話をした。
外国人に興味がある、という共通点。
彼女は失敗談も、驚くほど明るく話してくれた。
そして、ふとした流れで、
「ねえ、あなた、秘密守れる?」
と聞かれた。
「実はね、私たち、離婚するの」
それも、どこか軽やかに。
「来年の秋くらいに、日本に旅行に行くからね」
次の朝早く、彼女は駅まで送ってくれた。
息子も早起きして、一緒に来てくれた。
最後まで、とても魅力的な女性だった。
僕たちは、来年の秋に、日本で会うことを約束した。
はじめて会う人の家に泊まるというのは、
少し勇気がいる。
でも、その一歩の先には、
ホテルでは絶対に出会えない時間が待っている。
ブールジュでの2泊3日は、
この旅の、確かな“芯”になった。
