
旅の終わりが近づいていた。
大学最後の春休みに訪れたネパールでの、あたたかくて、騒がしくて、少し切ない日々。
そして、僕の滞在を締めくくるのは――
ヒンドゥーの春祭り、「ホリ」だった。
〇 街がざわめく。色が騒ぐ。
その気配は、ホリの数日前から町に漂い始めていた。
パタンの道を歩いていると、どこからともなく「ビチャッ!」と水風船が割れる音。
見ると、子どもたちが水を詰めた風船を投げ合っている。最初は戸惑ったけど、だんだんと「あ、これがホリなんだ」とわかってきた。
ある日、通りを歩いていたら、足元に水風船が落ちてきてズボンがずぶ濡れに。
顔を上げると、ビルの屋上から男の子が僕に向かって叫んだ。
「ハッピーホーリー!」
「……ホリって、なんか知らないけど、めちゃくちゃ面白いな」
僕はその瞬間から、ホリの虜になった。
〇 絵の具と笑い声と、酒と歌
ホリ当日。
ルパとリタと一緒に、親戚の家に向かった。
早速ふるまわれたのは、甘くて濃いロキシー(地酒)。
気づけば、陽気な親戚たちに囲まれ、僕はすっかりご機嫌になっていた。
ルパは心配そうに僕を見ていたけど、僕は大学のサークルでも飲み会のエースだったし、こういう場が嫌いじゃなかった。
親戚たちとトラックの荷台に乗り、歌って、踊って、次々と親戚の家をめぐる。
途中、道端の人たちから色水の風船が飛んできて、僕たちも応戦した。
顔も服も、絵の具まみれ。これがホリなんだ。
訪れた家ごとに顔に色を塗られ、また飲まされ、また歌う。
もちろん、例のごとく「日本の歌歌ってよ!」とせがまれて、僕は「リンダリンダ」を全力で熱唱。
トラックの荷台でみんなが「りんだりんだー!」と叫んでいたのは、今思い出しても笑ってしまう。
絵の具にまみれながら、トラックの揺れに身をまかせて空を見上げた。
そのとき、ふと心の奥から湧き上がった言葉がある。
「僕はこの空を、忘れない」
〇 屋上での会話、言えなかったこと

夜になり、また親戚の家に戻って、まったりとした時間を過ごした。
酔いも少し覚めてきたころ、建物の屋上で、ルパとふたりきりになる瞬間があった。
「ねえ、リタのこと、どう思ってる?」
風が吹いた。乾いたカトマンズの夜風。
ルパの声は優しく、でも真剣だった。
リタが僕のことを好きでいてくれている――それは、うすうす感じていた。
でも僕は答えられなかった。
なぜなら、僕が好きだったのは、ルパだったからだ。
だけど、ルパには彼氏がいる。
このタイミングでそんなことを言えるわけがないし、リタの気持ちを利用するようなこともできなかった。
僕は、ただ曖昧に笑って、言葉を濁した。
情けなかった。
〇 旅の終わり、別れの朝
翌朝、ルパと彼氏、リタ、そして滞在中に出会った友人たちが、空港まで見送りに来てくれた。
チェックインを終えて、ゲートに向かうとき、リタが手を振って、ルパがぽつりとつぶやいた。
「Don’t cry…」
それを聞いた瞬間、涙がこみあげた。
でも僕は、笑って「ありがとう」と言って、振り返らずに歩いた。
飛行機の中。シートに身を沈めて、窓の外を見ながら、僕は泣いた。
周囲の目なんて気にしなかった。
心の中で、スピッツの「君が思い出になる前に」を繰り返し歌っていた。
実はこの曲を、前夜ホテルでMDウォークマンで何度も聴いていた。
「戻りたくないな」――そんな気持ちを抱えながら。
〇 あれから20年。旅は変わったけど、心は変わらない
この旅から、20年が経った。
ルパもリタも、今はそれぞれ結婚して、メルボルンに住んでいる。ルパの夫は、当時付き合っていた彼氏だ。
二人は、東京に出稼ぎに来ている両親に会うために定期的に日本にやってきている。僕は何度か彼女たちに会った。
今はもう、すっかり家庭持ちになっているから、ネパールでの日々は思い出話になっている。
でも、あのホリの空の色、笑い声、トラックの荷台で歌った「リンダリンダ」は、今でも消えることはない。
もし、もう一度あの旅をやり直せるとしたら――
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旅は、思い出になる。
でも、あのときの気持ちまで、忘れる必要はない。
「君が思い出になる前に」
僕の中で、あの春のネパールは、まだ、色鮮やかに生きている。